PIPE DREAMS: 山
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2015/05/05

安達太良山

15:41 0
安達太良山
5月2日

数日前から鼻水と咳を患っており、前日には喉の痛みも出たため、ひ弱な私は迷っていた。
しかも初めての百名山である。調べる限り、道の迷いも、高低差もそれほどではないけれど、このベストではない状態とゆうのは、とてつもなく怠惰な気分にさせてくれる。旅行はしたいので、体調次第で福島を周遊して帰ろうと目論み、就寝。

いつもの事だけど、早く寝ると1時間くらいで起きるので、この日も10時過ぎには寝たけど12時に起きて、悶々と四時までうつつを抜かす。何も学ばない。

5月3日

眠気と喉の痛みで、やっぱり山は無理か、と疑心するも、とりあえず登山着に着替えて出発。
しかしながら五泉-三川間の夜明けの風景で、テンションが今日一のマックスを記録。登る気が満々になる単純な脳みそ。


その後は特に何も無く、ラジオから、晴れたらいいねが流れてたので、サビでアンサーを全力で返してたくらいしか記憶はない。

7:54 着。


よく見るこの写真、文字のアウトラインのせいで、写真自体を加工してるんかなと思ってたけど、違った。とどうでもいい情報を残しつつ登山開始。


きめ細かく、ナビしてくれる安達太良様。



どこの山でも見れるような光景だけど撮っちゃうのはまだ元気な証。後半の雪上トラバースとか撮ってない、疲れてるから撮れるわけがない、そんな余裕は持ち合わせていない。


この写真の突起しているのが安達太良山山頂(ちくび山とも称されるくらい、ちくびっているが、これが後に悲劇を生む。)しかし、ちゃんと見えてる奴の左の木に隠れちゃってる小さいのが本物。偽者は多分篭山。

この写真を撮る数分前、前方に二人組みの仲よさげな登山者がおり、この乳首が見えた辺りで、お二方の間隔がけっこう空いてて、私は後方者を追い越し、その二方に挟まれる形で歩行していた。そして前方者は、仲間の事を気にせずばしばし登っている。前方者‐--私‐‐‐‐‐‐‐後方者←このくらいの間隔だったと思う。
で前方者は、私の気配を確実に仲間の方と勘違いしていると分かるくらいペースを落としてきたので、これは下手したら間違えて、話しかけられるパターンに陥るなと思って、愛想笑いの練習をしていたら、案の定、ちくびー、とあの山を指差しながら振り返ってきた。しかし、「ちくびー」、は案の定ではなかったので愛想笑いも、愛想では無く本気の笑いに昇華された。しかし、それがかえって大事に至らずに済んだ。大事がなんなのかは知らない。この場合、多分一番だめなのは、前方者が本気で恥ずかしめを受けることだと思うので、そこまでダメージを受けてはいない印象は感じられたから、そこは良かったと思う。なにこの話。

話を登山に戻す。途中、くろがね小屋経由で峰の辻と直接、峰の辻の分岐に出くわす。当初はくろがね小屋経由を考えていたが、距離数のマヤカシに誘われ、直接、峰の辻に変更。これがいけなかった。多分、半分以上は登った所で、雪と木々が張り倒され、行く手を阻む箇所に出くわす。どうにか回ったり木々をまたいだり、くぐったりして一つ目の関門を突破するも、次の光景は、人が辿った道も見えず、同じ行程をどのくらい繰り返すのかも計算できないほどに木々が鬱蒼と見えてしまい断念して引き返す。とても体力を削られる行動となってしまう。
 そしてどうにかこうにか、くろがね小屋。硫黄が香る
 くろがね小屋。人いっぱいいたけど、見返したらこの写真に、全く人がいないのが恐怖すぎる。
 ここらから木々も無くなる。


 岩だらけ


半トラバ写真あった。
 11:14 鉄山、安達太良山の分岐

写真では伝わらぬ景色



智恵子に書いてあったなー。ほんとの空。身も蓋もないことを言うと、新潟も一緒や
見えてまいりました


こんな写真も挟んだりして


どーん感は無いけど広角レンズだから、これの1.5倍くらいほんとは近い。とレンズのせいにするクズ姿勢

11:35 登頂

空が青すぎるのは、智恵子のおかげでもなくiphoneでしか撮ってなかったせい

休憩。

ingressでポータル取ろうとしても、中心は山頂写真の所でなくピークの八紘一宇の碑のある所っぽかったので、上人多いし、3G電波は酷すぎるしで、鍵だけとる。百名山ポータルキー集めたいなー

下山。12:46


薬師岳と智恵子のは取ったよ 14:00


もう写真もないし、下山中も、疲れてコーラの事しか考えてなかったので割愛。猛省せし。


もう一個、反省点あった。下山中、大人二人、子一人の三人組にあいさつしたら、子供に、元気よく、お菓子を食べてる最中なんです!と言われたのに、はははっとかわいた笑いしかでなかったこと。 


下山 14:50


終わり

2014/09/14

五頭山

19:48 0
五頭山
タイトル通り。しょうもない感じでそんな事があった。良い山だった、五頭山。



久しぶりの山行日記。先週に護摩堂山に登ってるのだけど、距離もあれだし、写真もないので割愛した。しかし、この山登りで、コースタイムを15分も短縮して登ったので、ものすごい自信がミナギッてしまい、調子に乗った結果、今回の五頭山は中々の荒行を味わった。私はまだ登山初心者なのだ。どんな山でも舐めない事を心に誓う。

とゆうわけで、今日の朝6時に腹痛で目が覚めてしまい、本当は9時くらいにのんびり行こうと思ってたのを変更し向かう。

1時間10分ほどで近辺に着く



出湯コース。290号線上。やまびこ通りの看板のとこを曲がり、やや登ると駐車場が見えてくる。

8:42 出発

このスタートしてすぐにタイトルに書いた通りの岐路に立たされ、出鼻をくじかれた私。くれぐれもストレートに登山を楽しみたい人は橋を渡っちゃ行けない。渡ったら最後。

私は。一応この分岐で、青看板を確認している。しかし上部は木の葉で覆われ、ノ峰コースだけは読めたのだが、ネットに書いてあったのは出湯コース、じゃあ橋の先に違いないと歩き出す。しかも橋の終わりから立派な石に彫られた句碑が点在しだすので、これは登山口までの口寂しさを惑わすには丁度いいわー、やるわー五頭山。と心で思いながら本当の登山口を後にした。

そして私は延々と舗装道路を歩かされることになる。途中で、絶対間違っていると気づいたが、ランナーやらロードバイカーに会うので、あたかも私は、この長く続く句碑を読むために歩いているハイカー、とゆう役を演じることで、自分の駄目さと、周りとの違和感を払拭する唯一の方法だと頑なに信じて、歩を進めていたのだ。しかし句碑がずっと私の心を後押ししてくれたのは紛れもない事実だ。水島新司大先生の句碑も拝むことができたのだ。




そんな素晴らしい句碑も3キロほど歩くと疲れで、読むことが億劫になるのもまた事実。このまま山に登らなくて引き返すか、どっかから290号に出て帰るか試案してると句碑コーナーも終わり、本当に何も無いコンクリート坂に追い出される。とりあえず私は原点に帰り、山を登りに来たのだから、このコンクリートの坂もあながち人間のエゴが作り出したものなのだから、1世紀も遡れば山に違いないと、なんなく回答を導き出し、何があるかも分からない上を目指した。

すると菱ヶ岳登山口に着き、ここにあった地図と携帯を確認すると、まだ登山口とは別に続くコンクリ坂を上ると五頭山の登山口があるっぽい事が分かり、帰りを出湯コースで降りれば駐車場までの短縮になるだろうと思いそちらへ。とゆうわけでどんぐりの森から三ノ峰コースで登ることに。

9時50分 どんぐりの森登山口

私は1時間も歩かされていた。起伏があったわけでは無いので、足にはまだ疲れなんて無かったが、この人間の作ったアスファルトジャングルは知らず知らずに私の足を蝕んでいた。

最初から登りまくる、それほどに登りやすかった。でも息切れが半端ない、明らかに気負っている、気負っちゃだめだ、俺は登山初心者だと叫び(心中で)、ちょっとペースを落とそうと一歩進んだ瞬間、ちょっと右足ふくらはぎに違和感、とゆうか、なんかずっと下半身が重い感。まあこんな日もあると(まだ登山3回目とかなのに)完全にゲームを知った老獪な往年ピッチャーのように振舞うも、ついにツる。

そして激痛へ。

6、7合目辺りでもう何も出来なくなった。座ると腿裏がツり、ちょっと動くと左足も逝き、立ち往生、弁慶もこんな感じだったのだろうな。なのでしばし立つ。三十にして立つ。

決まる。

決まってしまう。

怖い。

通り過ぎるおばちゃんに、今の状況と、私が今年三十になった事と、孔子の思いが重なった瞬間を知らせたかったけれど、そんな事も出来ず、逆におばちゃんにもう下山?と聞かれ、いや飛ばしすぎて体力が無くなったんですと話し、あらービューっと追い抜いたからもう降りてきたのかと思ったわと言われ、越され、落胆し、何もなく終わる。

それでも10分ぐらい休憩すると痛みも和らぎ、牛歩のように進めば、ツる寸前で抑えられる事を知り、登頂。

11時30分。三ノ峰は非難小屋の所が片側が開けており、まあまあな景色。おっちゃんや若い方やらで5,6人くらいか。

いまいち地理が掴めず、おにぎりを食べながら、思案するも埒が明かないので五ノ峰へ

11時40分発、50分着。


パノラマは色がくすんでいたので割愛。ガンバレIPhone。

10分ほど佇み、予期しない所からおじさんが現れたので、そこはどこから登るのかと訪ねたら、出湯とのことだったので、おじさんに感謝を伝え、友情の鐘をバックに写真を撮って下山。2人ででは無い。

12時~13時35分。

出湯コースは一歩の勾配がきついので、もしこっち登ってたら颯爽と帰宅してただろうと(心(ry

下山。

終わり。


PS:あの青看板の上の文字は五。

PS2: 帰ってから気づいた、私は山頂に達していなかったのだ!


続く


2013/11/09

粟ヶ岳

19:49 0
粟ヶ岳
地元の友達から弥彦山を登ったあとくらいに連絡があり、そのとき誘い了承をもらい、そいつと登った。自分は仕事の取引先から、彼は父親から、粟ヶ岳は過酷だと聞かされ、初心者の僕らは、ちょっとでも無理と思ったら下山することを誓った。登山靴を持ってないからどうしよーと連絡をもらい、まあ大丈夫じゃね?と返していたが、やはり心配なのでと前日に靴ベルへ行った。登り終わった後、大丈夫じゃね?と言ってた自分を恥じた。

2013.11.3 くもり

午前6時30分集合

昨日の夜まで楽しみすぎたのと粟ヶ岳で天候が悪くなって雷に打たれて死んだらどうしよーとゆう不安とが折り合い、あまり眠れなかったせいで、朝のテンションが低く、行くの面倒くせーなーと思ってたけど、到着した頃には掌を返して、やる気に満ち溢れていた。

7時15分登山開始。

ちょっとした橋だったり、跨いでいける小さな川辺に出くわせば、第一関門きた!とか言いながら、都度、声をあげ進む。疲れもないので快調だ。まだ初心者の僕らは、ポールなんて物も持ち合わせていないので、そこらの木で代用してたら、2合目くらいで、先人方が、大きな木の下に、硬さも長さも握りやすさも調度良すぎる木を置いてくれており、拝借。アレは下りで本当に助かった。ありがとうございました。

四合目に差し掛かる辺りで友が疲れ始める。おれ足痛いけど、まだまだ大丈夫。水場につくと友が便意があるから調子が上がらないと主張するので、人が来ないか見張ってあげる。終わる。登る。

五合目。避難小屋。もしここで一夜を過ごさなきゃならなくなったら絶対眠れないだろう避難小屋。



ここら辺りからとてもきつくなってくる、友が”始まりは終わり”とか、覚えてないけど、とても真理をついたような事を言ってたけど忘れてしまった。急坂に差し掛かるたび「三点確保!」と言うので、その都度褒めたり、本当につらい時は煩悩を呼び起こし、山を女性に見たてては、なんてドSな女なんだと、辛さを軽減させたりして登った。

六合目を過ぎたくらいで道が開けたので、ちょっと回復、八合目辺りまでの稜線めいた所は景色も良く、割かし平坦なので煩悩を呼ばなくても、自分を励まさなくても、とても楽しかった。


午の背。若干の高所恐怖症を患ってるのでちょっと怖い。それを見て友は、よっとかほっとか言いながらジャンプするので、また怖い。滑落シーンが脳内を巡るも、冷静になれば、さほどでもないので問題なし。

ここまで来たら登る道も、なんとなく見えてるし、余裕かなと思ってたけど、ここから最後もまた辛かった。一歩一歩が急すぎた。下る人のもう少しだよーと言う声を糧にして頂上へ。


着。3時間半くらい。まあまあ寒い。

頂上は3、4人くらい。後から結構な人数が登ってきてた。九から頂上までの間に雲が出てきて、風も強く、遠くの景色はあまり見えなかったけど、お湯を沸かしてる間に、たまに雲が切れては、ちょいちょい山並みを見せてくれた。

ここでもやはりカップ麺を食べた。ノーマルのやつ。前のチーズなんちゃらは下界では食べなくていいと思っていたのだ。今回はコッヘルでなくヤカンを買っといたので2人分も問題なくいけた。

下山。

下りもまたきつかった。疲れはしないけど、足腰への負担が半端ない。その後3日間は筋肉痛がすごかった。

他に下山中で覚えているのは、急にAV女優の話を始めた友と、どうして山に登るのか?とゆう問いにそこに山があるからと普通の事を返す自分と、その答えに不満がってたので、じゃあと聞き返すと、卑猥な答えしか返ってこなかった事。それはでも凄く、個人的には素晴らしい回答だった事。

あとZARDの負けないでをサビしか歌わない友に、ヤキモキして、Aメロから歌ってあげたこと。

終わり。









弥彦山

15:54 0
弥彦山
すっかり秋も終わりなのに山に目覚めてしまったので備忘録として、はたまた先人達と同様に山の雄大さ荘厳さ神々しさなどを記していけたらと思い(うそ)、うん、まあ友達とだったり、一人でだったり、その時のあれこれをテキトーに書けていけたらと思う。

2013.10.19 弥彦山 晴れ

本当は粟ヶ岳を登ろうと思っていた。最近、同じく山に目覚めたっぽい友達(その影響で山に目覚めたのだけど)が、わざわざ神奈川から新潟くんだりまで来てくれたので、じゃあどこか登ろうかと決まったのだ。

栃木の2千m級の山を登ったようなので、酒ばっかり飲んでる君が登れるのなら、標高1200mちょいの山なんか余裕だと思い粟ヶ岳に決めたのだ。しかし、とゆうか案の定とゆうか、その彼が余裕で遅刻したので、この時間じゃ下山中に日も暮れて遭難だなと思い、弥彦山に変更。今になって思えば、彼が遅刻してくれて正解だったと思う。

到着。よくある〇〇時着。→〇〇時何合目。なんてゆう概念が無かったので、この弥彦と次の粟ヶ岳はなし。その次から書ければと思う。



一合目。とりあえず漫画の岳に感化されており、一緒に登る友も読んできたと言うので、じゃあ例のヤツ言ってと促すも、たまたま下りてきた人と遭遇してしまい、挨拶をしてたので、なんだかなあと思いながらアタックと一人で言いスタート。

10年ぶりくらいに登ったけど、4、5合目くらいまでは乳酸出てるわーって思うくらい筋肉を持ってかれたけど、その辺りからは、まあすんなり、と言っても1時間半も掛かって登頂。



9合目まで下り、お湯を沸かし、カップ麺を食べた。途中おばあちゃんにここならカップ麺もおいしいでしょー?と聞かれたけど、それを見越してこっちはカップ麺を携えてきてますんで、下界でもそれなりカップ麺おいしいと感じるくらいには庶民ですがね、と言えるわけもなく相槌のみで返す。あとお湯をコッヘルから、カップ麺への注ぐのが異様に上手な友達。溢しそうだったので自分のもやってもらった。

腹ごしらえも終え、余力も十分あったけど、文明の力を拝借して、下りはロープウェイーで下りた。

3週間前の記憶があまりないので終わり。